ミチオ・カク『2100年の科学ライフ 』NHK出版
作者は高名な物理学者で、この本は名著と呼んで良い
この本の作者はミチオ・カク先生という高名な理論物理学者です。超弦理論の本なども書かれているのでご存知のかたも多いと思います。自分も若い頃はこの先生は素粒子物理などの方面での偉い先生だとしか知らなかったのですが、アメリカでは一般向けの科学解説でも有名らしく、この本を通してその方面での凄さを知ることができました。
もう数年前になりますが、ある英語の先生がfacebookに書き込まれていた話で、数人のアメリカ人から立て続けにこの本を勧められたとか。もちろん原書の方でしょう。丁度その頃私はアメリカ人の知人にこの本を勧めているという逆の状況になっていたのが笑えましたが。
未来はすでに存在する
「未来はすでに存在する。ただ均等に散らばっていないだけだ」というウィリアム・ギブスン(ニューロマンサーの作者)の言葉がこの本の大きな柱の一つです。千年、二千年先の未来ならどうか分かりませんが、この本が扱ってる「せいぜい今世紀くらいの範囲」なら、これから実現されるテクノロジーのプロトタイプは、既に世界のどこかに生まれているそうです。だから、300人以上のトップクラスの科学者にインタビューした作者が、彼らの知見を集めて未来予測したというのはとても価値のあることだと思います。
SF作家のジュール・ベルヌのことも書かれていましたが、彼は当時の科学者たちからいろいろな話を聞いて、その知識を元にSF作品にしていたそうですね。だから、フィクションなのに説得力のある話を作れたのでしょう。そのあたりもご興味があれば是非読んでみてください。
穴居人の原理
作者が指摘する人間の原始的欲求のことを象徴的に表す言葉です。新しい技術で効率良く要求されたものが得られればそれで良いのかと言うと、意外と人間というものはそうではないということが本書の中で繰り返し出てきます。オンラインミーティングよりも直接会いたがる人はいますし、コンサートなんかは直接その会場に行きたいと思う。ある意味で生き物らしい感情から来ていることですが、これのせいで完全に理性的な予測どおりに未来の生活が変わっていくという風にはなりません。だから、きっとこの本に書かれている予想も意外なところで外れてしまうのでしょう。それでもこの本が集めた知識と予測の価値が一欠片でも減じられるとは思いませんが。
原書を読むと
面白いのですが、やはり私のレベルでは言葉が難しいですね。ホーキング先生の”A Brief History of Time”くらいだったら分野がある程度絞られているので語彙も分かりやすいのですが、この本だと科学技術でも色々な分野の話題が出てくるので知らない言葉だらけでした。そうなんですが、それでも原書を読むのが楽しい本です。
原書は辛いという方々は日本語訳も素晴らしい本が出ていますのでお勧めです。今読んでも充分「新しい」内容の本だと思います。
なぜこの本を勧めたがる人が多いのか?
未来予想の本は多いのですが、この本はある種独特です。今後は似たような考えに基づいた未来予想の本も出てくるかもしれませんが、普通の人が書ける内容ではありません。良くある未来予想は
- 業界などの情報に詳しい人が、現在の動向から近未来を予想
- 現在の研究開発の動向から近未来を予想
- 政府などの計画、ロードマップなどを参考に作成
- 希望、願望と世の中の動向から空想
などになりがちだと思います。しかし、この本は300人以上のトップクラスの科学者たちが今行っている最先端の研究から、今は世間では知られていないけれど、このくらいの期間があれば実用化して世の中に広まっていくであろうという予想をこれまたトップレベルの科学者であるミチオ・カク先生が聞き、それらを総合して作った未来像です。まず、それだけ多くの一流の科学者と会って話ができるというのが稀有な話です。そして、そうやって取材、聞き手側が超一流の科学者というのは更に珍しいことではないでしょうか?せっかく大勢の有識者に取材をしても、聞き手の知識レベルを遥かに超えている内容である場合にはどうしても聞き手が不充分な理解や誤解、曲解をしてしまうのですが、この本にはそういう心配がない。そして、根拠のない空想ではなく、それなりにしっかりした根拠のある未来予想で、かなり先までを描いているというのは心躍るものです。
真面目に未来について考える切っ掛けにもなるし、SF読むつもりになって読んでも楽しめそうな本だと思って頂ければと思います。