なぜ頭部移植というのか?

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ひょっとすると日本語や英語の問題ではないのかもしれませんが、以前からニュースを追っている話題があって、どうしても言葉の使い方に納得がいかないものがあります。

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深刻な身体の問題があるのに脳や精神は正常な患者を救うために、首から下の身体を健康体に入れ替えたら良いのではないかというSFのような試みなのですが、近年では真面目に論じるくらいまで医学が進んできたようで、TEDx Talksのサイトで講演が視聴できます。

Head Transplantation: The Future Is Now | Dr.Sergio Canavero | TEDxLimassol

※専門用語等が多いので聞き直しやすいように上記リンクはELFY経由にしました。YouTubeサイトで見る場合はこちらから。

Head Transplantation

上にリンクを貼った講演だけではなく、この話題が書かれている記事をここ数年見つけるたびに読んでいるのですが、たいていは”Head Transplant”か”Head Transplantation”という用語を用いているようです。しかし、これって頭だけが本人のものとして残っていて、頭より下全部をドナーからもらって移植するのではないかと思うのです。上に引用した動画でも言葉を聞いてみると首より下の方をドナーのものと扱ってるんですよね。

確かにSFなどでも『脳移植』などという表現を使うことが多いので、小さい方を移動させて、それを移植と呼んでいるのでしょうか?医学の世界ではそれが一般的なのかどうかは、私は残念ながら知りませんが、人の人たる根源的なものがどこになって、どっちが主役としてその人本人であり続けるという継続性をもっているのかという考え方とは逆の表現のように感じて、なにか自分の中ではしっくりきません。

頭以外と言いたいときは?

こういう言い方が世間的に普通というのならおそらくそのように言うべきなのでしょうが、もし頭以外を全部移植というのを英語で表現するなら何というのでしょうか?”Except for Head Transplantation”とかなら通じるんでしょうかね?ちょっと試してみたい気がしますが、普通日常会話で出てくる話題でもないので、なかなか試す機会を探すのが難しそうに思っています。

ニュースを追って

このようなニュースを追っていくと、倫理の問題やおそらく単純に倫理だけではない宗教観や社会の道徳のようなものの地域差が見えてくるのだと思います。紹介した動画で講演しているのはセルジオ・カナヴェーロ博士はイタリアの脳外科医ですが、実際に最初にこの手術を試みるのはイタリアでもヨーロッパでもない別の国になるでしょうし、そういうブレーキが無い国の方が科学や技術の進歩は速いことでしょう。

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